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昨今、せっかく苦労の末に産んだ赤ちゃんの置き去りや自分の子どもへの虐待、殺人などの人の親として無責任極まりない事件を聞くたびに、苦労は伴うことも有るかもしれないが、しばらくの間もう少し努力をしていれば、時が経過するとともに、きっと「子どもを育てて良かったな」という気持ちになることができるのに!と非常に残念でたまらなく思います。
私たちは、三人の子どもを育て、長男は未婚であるが長女次女が結婚し、各々、男女一人ずつ子どもを育てています。従って、私たちは、可愛いい四人の孫がおり、おじいさん、おばあさんとして幸せな日々を過ごさせていただいています。私たちだって三人の子どもを育てる過程では、決して楽な生活ではなかったのです。
私は結婚前に、夜間大学に通っていましたので、会社を定時で終わりにし、すぐ大学へ登校しなければなりませんでした。従って残業代はなし。貯金をする余裕はなし。
さらに卒業してすぐ結婚したので、借金は無いものの、貯金はわずか5万円。結婚指輪も親にお金を無心しなければならない状態でした。
悪いことに、会社の給料は世間に比べても、とにかく安かったのでした。当時、この地域で、娘をもつ親は“私の勤めている会社の男性には嫁にやるな“という風潮までありました。
私は、子どもたちに対して、経済的にせめて世間並みの生活をさせるべく、会社では一心不乱に仕事をし、深夜残業もいとわず、子育てが終るまでは、制限残業時間いっぱいまで働き続けました。
すなわち、その時点で許容される範囲内で最高額の収入が得られる努力をしました。
一方、妻にとっても、決して口に出しては言わないが、人には言えない相当の苦労をしているはずでした。
また私たち夫婦は、ともに実家が四国であり、広島には両親も親戚もなく妻が子どもの病気、その他の急用などで困った時に近くに助けを求められる人がいませんでした。頼れるのは、夫の私だけでしたが、肝心の私は、毎日の深夜残業で帰宅が遅く、おまけに半年から1年程度の期間の遠隔地の長期出張が多く、妻が助けが必要な肝心な時は、私はほとんどいないという状況で、妻一人で三人の子どもを育てたということは、並大抵の苦労ではなかったと思います。もちろん子育てだけでなく、時間の許す限り家計の足しにと、内職もしておりました。
幸いにも私たちのその苦労が実ったのか、苦労して子どもを育てた甲斐があって、三人の子どもたちは、全員大学を卒業し人並みの生活をしており、私たちとの関係も親密で、四人の可愛いい孫を頻繁に私たちに見せてくれており、現在、幸せ一杯の、最高の日々を送らせてもらっています。
私たちの四人の孫は、比較的近距離に住んでいるので、私たちの方からも各種の孫のイベントの観賞や家庭訪問などを通じ、可愛い姿を拝見し、楽しませてもらっております。
世間の人が言うように、じじ、ばばにとって、孫と言うものは直接育てる責任がないせいか、気楽に接することができ、ただ、可愛い、可愛いいと感じるだけで良いので、それは楽しいものであり、幸せを感じさせてくれます。
人間生きていくためには、必ずといって良いほど、苦しい思いを経験させられますが、それをじっと耐え忍んで、克服すれば因果応報の言葉通り、必ずや後で楽しい時期がやってきます。
“風と共に去りぬ”の名セリフ“Tomorrow is another day”ではないですが、いつも苦しいことばかりでなく、楽しいことが、きっとやって来ます。
一時の苦しい感情に左右されず、忍耐強く耐え、明日の幸せを待つことが非常に大切であると思います。
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