01

ジョギングシューズ
原田 武信

新千歳からいわて花巻へ飛ぶ飛行機のなかで私は目をつむり、別れてきたばかりの息子家族を思ってみた。四月初めのことである。

日高支庁の小学校に勤務している息子は六年生を担任し、七日の入学式や次の日の一年生を迎える会を終えホッとしたようだ。だが、すぐ全国学力検査や札幌への修学旅行と行事が続き、息つく暇がないと溜息をついた。その姿に私は現役時代をダブらせ、仕事だから頑張れと夕食時ビールをついで励ました。

そんな親子の晩酌風景を見ていたのが三人の子ども、すなわち孫である。全部男で一番下が保育所の年中組、その上が小学校一年生、そして一番上が小学校四年生である。

今回の訪問は、二番目の子の入学をお祝いするためで、その子は衣服費を節約したとかで上の子が着た服を着た。だが背丈が違いだぶだぶで、私と家内は新着してやればよかったかなと気の毒な気がした。だが、本人は気にする様子もなく、ニコニコとそばにいる着物姿の母親と記念写真に納まっている。

揺れもなく飛行機は快調に飛び、目を開け窓の外を見ると眼下に真っ青な海が広がり、白い真綿雲がふわふわ浮いている。真綿雲にふっと、雲の上を飛んでいる不安感が脳裏をよぎった。たった四十五、六分の短い滞空なのに無事の着陸をつい祈ってしまう。

私の気持ちを察したのか、首にスカーフをまいたスチュワーデスが回ってき、甘露飴を渡しながらさりげなく機内に目を配っている。

彼女の巡回に安心し、また目を閉じて子どもらと遊んだことを思い出してみた。下の子にはかつて、二人の息子に買ってやった根本進の「クリちゃん」を読んでやった。膝に抱いた温もりが蘇る。真ん中の子とは折紙や、紙鉄砲で遊んだ。左利きのこの子は紙鉄砲を、きれいに鳴らしていた。そして上の子とは近所の子らも入れ、広場で三角ベースの野球をした。スポ少の野球部に入っているこの子は、投げても打っても本格的になっている。

こうして今回の訪問は膝を折っても、走ってもあまり痛くなく、体を自由に動かせる有難さをしみじみ感じた。二年前に痛めた膝が治りつつあるのだ。目を開け、膝に手を当ててみる。すると、痛めた二年前、冬に帰省した息子が私のジョギングシューズを見てすぐ、膝を痛めたのはこの安い靴のせいだと断言した口調が耳に蘇ってきた。

あの時私は、靴は安いものでも十分で、膝が痛む原因は初めて使ったチェーンソーのせいだと説明した。その時の姿勢はたしか、右膝をつき、右に体重をかけて庭木を切っていたからだ。だが、息子は即座に反論した。それは、長いあいだ足に合わない靴でジョギングし、膝に過重な負担をかけていたからだ、と。

彼が靴にこだわるのは、中学、高校、大学と野球をやり、合わない靴で足を痛めた恐さを体験していたからのようだ。だから、靴に関して彼は、三人の子どもに決してお下がりを与えず、常に一人ひとりその子に合う靴を与えている。

だが私は、スポーツは好きでも職場対抗くらいしかやっていなかったため、彼が強く言うほど靴のことを重要だとは考えていなかった。そのため、足に合ういい靴を買うようにと彼から貰ったお小遣いを本代にあて、さらにお正月に帰省した時のお年玉をまた本代にあて、彼には靴を買ったことにしていた。だが、夏休みに帰省した彼に靴を見せてと言われ、とうとうばれてしまった。  

「父さん。スポーツ店に行くべ」
私が靴を買っていなかったことに彼は怒り、実力行使にでたのだ。車の中で彼は、父さんの靴は安物だから底が薄く、アスファルトの衝撃をもろに受けるのだから、絶対衝撃を吸収するしっかりした構造の靴をはかないとだめなんだとこんこんと私に説諭した。

彼の好意を使い込みしてしまった者として私は、分かった、分かったと素直に聞くしかなかった。だが、心の中では、これで単行本が何冊か買えるのにと惜しい気がしないでもなかったが。

新しい靴はなるほど、平べったくなく、足から力が抜けるでもなく、足全体を柔らかく包み、弾力がある。私のジョギングは、朝五時に起き、郊外の田んぼ道をほぼ一時間歩く。ただ歩くだけでは体に刺激がないため、速足や全速力で走るなど変化を取り入れている。靴のお陰か、こうしたことが徐々にできるようになったのだ。すると、私の脳裏に“再生”という言葉が思い浮かんできた。

そして“老いては子に従え”という諺も浮かんできた。これでいいのかも知れない。上の息子も、自動車で北海道へ行くのは年齢的に危ないからと今回の飛行機代は半額用意してくれた。

窓の外に盛岡競馬場がくっきり見える。そろそろ花巻だ。機内アナウンスも予定時刻に到着すると告げた。飛行機は着陸体勢をとり、前に傾く。膝に力が入る。だが、膝はしっかり体を支えている。明日からまたあのジョギングシューズで歩き、あの子らと遊べる身体を作っておこうと私は飛行機を降りた。

(岩手県発信)

01

TOPに戻る