先日、元伏見工業高等学校ラクビー部監督の山口良治先生の講演会に出席した。
この講演会は某市のボランティア組織「おやじの会」が活動報告を実施する機会に、参加者に感動を与え勇気づけるために挙行されたものである。
講演内容は幼少時代、肥満児で走るのが大の苦手であった先生がラクビーで日本代表選手になるまでの過程、そして、TV映画「スクールウオーズ」やNHKプロジェクトXですっかり有名になった、大学卒業後の伏見工業高校でのラクビー日本一になるまでの波乱万丈の監督生活を迫力満点に、時には涙を流しながらの語らいから聴衆者に感動を与えた。
この講演内容はまさしく元気YOUの精神にぴったりではないかと確信している。
講演内容は多岐にわたるがここでは、「先生のガンバリズム」と「先生の教育論」に絞り紹介したい。
一. 先生のガンバリズムと「気付き」の重要性
先生は、幼少時代から肥満児で走るのが大の苦手であった。従って、小学、中学時代は運動会が大嫌いだった。中学時代は野球部に所属していたが、運動会でのクラブ対抗リレーでも、キャップテンでありながら選手に選ばれなかったくらい、鈍足であったとのこと。
ところが、大学時代、ある日、心機一転する機会が訪れた。
先生は、最初ある大学に入ったが、そこでは先生の夢である将来先生になるには適した環境ではなかった。そこで、大学のラクビー部の監督に転校を申し出た時のことである。
その監督は、怒ったり拒否したりせず、それどころか“転校先で頑張れよ!”と励ましてもらい、おまけに監督への紹介状まで用意してくれたそうである。それには、先生はすごく感動し、転校先での辛いラクビー生活中、そのことを思い出し“もう逃げられないぞ!”と思い“皆に負けないぞ”と自分に言い聞かせ、故郷へ帰って砂浜で走ったりして、苦手の走りを克服する努力をするようになった。
そして運命の時がやってきた。ある合宿中の出来事である。
ラクビー部員が全員長距離ランニングをした時である。先生は、ある程度走った後、たまたま座り込んだ時である。走ることでは自分よりはるかに素晴らしいと思っていた先輩たちが非常に辛そうにしている姿に気がついた。ところが自分は何とも無かった。
また、体重百キロを超す自分よりも走ることに条件が悪い人も頑張っていることに気がついた。このことから先生は、自分のことばかり見ていて、他人のことを見ない人は、この「気づき」が出来ないことを実感したそうだ。これを機会に先生は努力を重ね、超一流選手の称号である日本代表選手に十三回も選ばれた。
二. 先生からの大人に対する提言
先生は大学卒業後、伏見工業高等学校へ保健体育教諭として赴任した。その当時の学生は荒れ果てていてやりたい放題のことをしており満足な授業も出来ない状態であったが、先生たちは怖くて、見て見ない振りをしていた。そこで先生は、果敢にも正面から取り組んだ。
ある日、別の体育の先生が体育の時間に、生徒達が言うことを聞かないと、授業中でありながら、とぼとぼと引きあげて帰って来た時に、山口先生はすぐさま運動場へ生徒を叱りに行った。
すると、向こうの方から生徒がバイクに乗り、猛スピードで先生に向かって走って来たが、先生は決してその場から逃げようとしなかった。最後には生徒の方が向きを変えて大事には至らなかった。実際は先生の足はすくんだそうです。その生徒は後で、“先生は逃げなかったよな!”、“ごめんな”と言ったそうです。
また、先生が監督して最初の試合の時、112対0で非常に悲惨な敗戦をした時に、生徒を叱るのではなく“自分は今までこの生徒たちに何をしてあげたのか?”と自分に目を向けたそうです。
以後、まったく全国的に無名だったラクビー・チームを六年で日本一のチームに育てあげた。
その後、三度と合計四度の全国優勝を果たした。
先生は言う。“大人は子供のお陰で親になれた。”、“自分は常に自己責任を問うてきた。”、“決して無責任を許し合わないこと”、“子供の目標足りうる人間になること。”
以上、先生の講演内容を二つのテーマに絞って紹介してきたが、先生のお話は、まさに自ら苦労して体験したお話であり、それから体得した考えであるので言葉の端々に聴衆者の心に訴えるものがあった。
私たちも先生のお話から「元気」をいただき、少しでも社会のために役に立つことをしようではありませんか?