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遠いむかし、このような優しいまなざしがあったことを憶えているでしょうか・・・。 こころのビタミンエッセイスト濱田 優(ゆたか)さんが忘れ得ぬ人々をとおして、『絆』という温かい健やかな幸せの糸をたぐり寄せてくれます。 |
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| 第3話 ワンダーランド |
| 空襲が激しくなってきた昭和19年の秋遅く、ぼくの家は、強制疎開で赤坂丹後町から一ツ木通りに近い田町2丁目(現赤坂3丁目)に引越しした。 戦後しばらくして一ツ木通りに縁日が復活すると、そこはぼくの少年時代のまたとないワンダーランドになった。 実際あんなにワクワクしたしたことは、その後あまり覚えがない。10日ごとの縁日が待ち遠しく、2、3日前になると天気が気になる。当日は夜店が並ぶ火点し頃になるのが待ち切れない。春もやや深く、日が伸びて夜寒が緩む頃になると、まだ明るい内から何度も一ツ木通りに出て開店を待ちわびた。 お不動さまとお地蔵さまの間の道ばたに、金魚すくい、飴細工、ヨーヨー釣り、走馬燈、風車やお面などなどの露店が並ぶ。 縁日が再開されたばかりのころ、ぼくの大のお気に入りは綿菓子だった。確か足踏み式の回転釜だったと思うが、溶融した砂糖が繊維状になって噴出してくるところが実に面白い。それに甘いものが乏しい時代だから貴重品だ。初めて綿菓子を買ってもらったときは、もったいなくて直ぐには食べられず、大事に家に持って帰ったら大半が砂糖に戻って痩せこけてしまい、とても悲しい思いをした。今ならポリ袋に入れて密封してくれるので、こんな悲劇は起こらないだろうに。 小学校も高学年となると、貰ったお小遣いの範囲で定番の金魚すくいや駄菓子を買うだけでは満足できなくなり、「何かいいもの無いかな」と探し廻るようになる。そして好奇心をそそるものを見つけるのだが、たいていは高くてお小遣いが足りない。 お母さんのお手伝いをして、お駄賃を稼ぐことにした。肉の稲毛屋にコロッケや豚小間を買いに行くのはまだ良いけれど、朝早起きして豆腐屋におからを買いに行くのはちょっと辛い。そのころ、おからはおかずと代用食を兼ねていてよく売れた。早く行かないと売り切れてしまう。 ともかくお小遣いとお駄賃を貯めて、目あてのものを買うのだが、ほとんどは期待はずれ、はっきりいえば騙されたのだ。お金が貯まるまで何度も下見をしたのに――。 例えば、暗算の虎の巻とか近眼矯正器とか。なかでも忘れられない大失敗は透視メガネだ。望遠鏡の形をしていて、それを使えば箱の中の物が透けて視えるといい、実際にお客の一人に覗かせて箱の中の物を当てさせていた。世紀の大発明、この透視メガネを使えばあんなこともこんなことも出来ると書いてある。その活用例の中に、さりげなく「女の子のスカートの中も」の一文もあった。スカート捲りなんてやりたくてもできないぼくもこれで……と、イケナイ考えも頭をよぎって、知っている人がいないことを確かめてから、思い切って買った。 人気のないところで箱を開けると、説明書が入っており、ドキドキしながらその指示通りに箱を置いて覗いてみた。ウ〜ン何だか良く解らない。箱の輪郭がぼやけた二重像になって、確かに透けて見えるような気もするが、はっきりしない。それでも次の朝、明るいところで確認するまでは淡い期待をもっていた。が、駄目だ。説明文をもう一度読み返すと、最後の部分に「透けて視えるようです」とある。がっかりだ。気を取り直し、科学する少年に立ち返って解体してみたら、ボール紙の筒の中に鳥の羽根が一枚ガラス板に挟んであるだけ。箱の中身を当てた客はサクラだったに違いない。 縁日は子供の世界だけではなかった。夜店には大人相手の洋品雑貨店とか古道具屋そしてイカ焼きの店なども出ていた。 そんな大人の店の中で、今でもはっきり顔が思い浮かぶ古道具屋のオヤジがいる。いつも俳人のような帽子と道行を身に付けた狸顔のオヤジで、徹底した子供嫌い。ぼくたちが近づくと露骨に厭な顔をする。好奇心の固まり子供が、形は面白いけれど用途の解らない古道具が気になって、あれこれ尋ねても知らん顔。手に取ろうとするものなら、大声で叱られてしまう。今思えば商売に邪魔な子供を追い払う彼の気持ちも解る気がするが、その時は憎たらしかった。 このオヤジの商売のやり方は提灯鮟鱇(ちょうちんあんこう)みたいで、呼び込みはやらず、大人が魅力を感じる舶来物とか戦前のブランド品に寄ってくる客をうまく取り込む。冷やかしのつもりの客も、買いそびれると後悔するような気にさせて巧みに売りつけるのだ。 実は、掘り出し物の好きなぼくの父も、その店の常連だった。ある時、舶来の懐中時計を安く買ったと得意満面になって、しょっちゅうズボンの前ポケットから出しては磨いていたが、買って間もなく時間が狂い出し、ついに止まってしまった。 母から「お父さんはまた安物買いの銭失いをして」と叱られ、面目を失った父は次の縁日に文句を言いに行った。どうなることか、と父を追ってついて行くと、ギョロ目のオヤジがエビスの顔で父を上手に丸め込んでいる。残念だが、役者が一枚も二枚も上なのだ。何のことはない、壊れた時計の代金を返してもうつもりだったのに、別の高い時計を買わされていた。 無骨で、子供とのふれあいも下手な父だったが、この時ばかりは「父ちゃんもか!」と気持ちが通ずる思いがした。 別の時計を持ち帰った父に、母が何といったか、記憶にない。でも、母も、安かったから、といって、夜店でぼくの絣の通学服を夏用に買ってくれたのに、一度洗濯したらボロボロになってしまい、嘆いていたことがある。粗悪なスフの衣服がはびこっていた時代だった。 縁日は大人も子どもも心ときめくワンダーランドであるとともに、あやしげな部分もある社会の見本市だったのだ。ここでぼくは、大人になる前にいささかの社会勉強をした。授業料に溜めたお小遣い叩いたけれど。 |
| (C) YUTAKA HAMADA | |||||||||||
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| 初詣入水事件(祝季号) 茜雲(彩風号) 崖下の家で(秋冬号) 不良爺さんの大往生(春夏号) 焼け野原を駆ける(白銀号) 母のご馳走力―ビタミン―(祭風号) この瑞瑞しき者(春夢号) アルプスの花(匠風号) |
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