遠いむかし、このような優しいまなざしがあったことを憶えているでしょうか・・・。

こころのビタミンエッセイスト濱田 優(ゆたか)さんが忘れ得ぬ人々をとおして、『絆』という温かい健やかな幸せの糸をたぐり寄せてくれます。
 第4話 姉たちからの贈物
二人の姉がいる。長姉は十、次姉は八つ年上、男兄弟はいないので、ぼくは末っ子で長男である。

ぼくが小学校の高学年になる昭和24年ごろには、姉たちはともに商業学校を卒業し、銀行勤めをしていた。当時、うちはかなり貧しく、母は洋裁の内職をしたりして、かつかつの遣り繰りしていた。二人が就職したときは、さぞやホッとしたことだろう。だがほどなく、姉たちは相次いで胸の病に罹り、辛い闘病生活を余儀なくされる。そのころの親の苦労と心痛はいかばかりだったか。

ただ、勤め先が両方とも大手銀行であったことは、不幸中の幸いだった。そこの充実した療養施設で当時としては最新の治療を施され、2年ほどでそれぞれ職場に復帰できた。以降、二人は結婚するまで同じ職場に10年以上勤める。

ぼくは姉たちにずいぶん世話になって育った。ことに高校生くらいになれば、欲しいものが分不相応の高額になる。それを親にせがんでも無理なことは分かっていたので、所望の気持を抑えていると、それを察した姉がお金を工面して買ってくれた。

例えば、カメラ。中学生のとき持っていたものはベークライトボディの簡便カメラ。固定焦点、定速シャッターでサイズも小さかった。これは日向で順光ならそれなりによく撮れ、付属の現像セットで焼付けると、一応見られる写真になった。だが、しょせんはオモチャ、少しいじると物足りなくなる。距離も露出も調整できる本格的なカメラが欲しくなった。

それで、毎日のようにカメラ店を何軒も何回も覗きまわる。その頃は二眼レフが流行っていたが、その高級機はとてつもなく高い。独製のローライフレックスの九万円は別格としても、国産のミノルタにしたって何万円もしてとても手が出ない。高嶺の花と諦めるしかないとは思うものの、ショーウインドーに並んでいるカメラたちのレンズの青い輝きはなんと蠱惑的か!

そんなぼくを見兼ねたのだろう。昭和28年に高校の入学祝いといって長姉が二眼レフのカメラを買ってくれた。当時普及品ながら性能が良いので人気を博していたリコーフレックスIV型である。これは高級機と同じ中判(6×6)で、シャッター速度が4速に簡易化されているだけで、初級者にとって機能に不満はない。実際に写してみると、周辺部の画像は微妙に流れるものの、中央部のピントのシャープさは感動的だった。価格は安いとはいっても7、8千円、姉の給与が月1万円くらいだったというから、相当無理して買ってくれたのだ。

ぼくはこのリコーフレックスを手に高校の写真部に入った。当時の高校生でも写真部員は中級機以上のカメラを持つ人が多かったけれど、そんなことは全く気にせず、風景や人物を撮りまくった。その頃は白黒が普通で、部員は学校の暗室で引伸しや現像ができる。空調のない暗い部屋で、夏は汗びっしょりになって暗室作業をするのは大変だけれど、赤い暗室灯の下で大きく伸ばした画像が現れる瞬間は感激する。秋の文化祭には、夏休みに山形は温海温泉の海岸で撮った「岩礁と波しぶき」と人物写真の化学教師「S先生」を出展した。

カメラのほか蓄音機、ハイファイラジオなども姉のお世話になった。だが、これらの機械・装置の類はその後の進化が激しく、今は何代もの後継機に置き換えられてわが家にはない。二人が残してくれたもので、今、わが家にある大物は本、ことに全集である。

長姉が買った筑摩書房版『現代日本文学全集』(全九十九巻)と次姉が買った新潮社版『現代世界文学全集』(全四十六巻)が、本棚を大きく占めている。世の中が戦後の混乱から落着きを取り戻し、飢えの心配が薄れると、心を癒す本への関心が強まってきた。ぼくが高校生の昭和三十年前後には、全集ブームといわれるくらいさまざまな文学全集が各出版社から発刊され、活字を渇望していた人たちによく売れた。いずれも大冊、大巻で、紙質も装丁もそれまでの本とは段違いによくなっている。文学全集で一冊三百五十円、姉たちにとって毎月の支払いはきつかったろう。

ぼくの読書歴はかなり奥手で、中学までは海洋冒険小説や少年探偵小説を愛読し、文芸書とはほとんど無縁だった。高校に入り、姉たちが買ってくれた文学全集が毎月配本されるようになって、はじめて文学作品に取り掛かる。だから、好きな本から読みはじめたのではなく、配本の順、確か最初は夏目漱石である。月1回か2回の配本、一生懸命読まないとすぐ次の本が来る。

はじめは、全巻読み通すつもりだったが、とても追いつかない。途中から、古臭い作品とか、難解な作品はパスすることにした。それでも名作とされる作品は一通り目を通すことができたのは、全集購読のお陰である。ただ自分の意思で本を選んだのではないので、読書傾向を問われても困る。内外全方向の雑読、乱読であった。

姉たちが文学全集の発刊を待ちかねるように求めたのは、無類の本好きだった母の影響と思われる。どんなにお金がないときでも、本だけは母に頼むと黙って買ってくれた。

往時はうかつで気づかなかったけれど、二人とも花の二十代でやりたいこと遊びたいことがいっぱいあったはずだ。なのに、弟思いの姉たちはそれを削って、ぼくが欲しがるものに回してくれたに違いない。

こうした姉たちからの贈物のお蔭で、身体とともに心も成長する青少年時代にさまざまなジャンルのカルチャーに接する機会を与えられことは、この上ない幸せであり、二人のことを想うと感謝感恩の気持がいつも胸に満ち溢れる。
(C) YUTAKA HAMADA
これまでの作品 企業OBペンクラブ作品
第1話 ヒコーキ
第2話 オオムラサキと鴬
第3話 ワンダーランド

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