記憶をたどると、心地よい切なさが追いかけてきます。
たまには、心のアルバムを深呼吸させてみるのもいいものです。
今とは、ちょっと違ったしあわせな時間を散歩してみませんか。
ぬくもりアーティスト高木政史さんによるなつかしい風景をお楽しみください。
〈1回だけ〉
ぼくたちの町の福引きは6枚で一回ガラガラが引ける。
特等は米俵一俵 スカの赤はマッチ

ぼくは6枚を握りしめ、特等を狙った。
「あら、紫。紫って何等だっけ」と福引のおばさんが言った。
たいした物ではないとだけは分かった。

「え〜と、6等賞は、アカデミー劇場の招待券ね」
鐘が鳴らなくて残念だったけど映画の券も悪くないと思った。

「母さん、映画の券一枚当たったよ」
「何度かみんなで行ったところだから一人で行けるよね。必ず席に座る前にトイレに行っとくんだよ。」

「あら、大きくなったね。今日は一人。もう少しで終わるから、その時狙って席を取るんだよ」券をもぎるおばさんが教えてくれた。

「じゃ私の後についておいで。エプロンにつかまって」と言ってくれたのは、やはりよく知る売り子のおばさんだった。

「映画を見るのも命がけだよ」と出て来たおじいさんが言うように、この時代の映画館は、いつでも、どこでも満員だった。

「ごめんなさい。ごめんなさい」
左の一番前のドアからおばさんの後について入った。いいところなのに――う〜ん
終わる寸前に前へ出てこられたのは、おばさんがいたからだった。
スクリーンに『終わり』と出て緞帳が上から下りて来る前に我先にと席取り合戦となった。

ぼくはチビの動きの良さで、前から3席目の中央にすべり込み席を取ることに成功した。

おせんべいに、キャラメル、あんぱんに、ラムネ
おばさんは、前から後ろへ売り始めた。
ぼくの顔を見て良かったねと微笑んでくれた。

町内会の店の宣伝が終わると始まりのベル、そして暗くなり緞帳が上った。
拍手をしながら周りを見回すと黒い人々だった。

時代劇の3本立。ぼくには言葉がよく聞き取れずに、ちゃんばらの時以外はあんまり楽しいとは感じなかった。

失敗をした・・・。おばちゃん達と話していてトイレに行くのを忘れてしまった。
もじもじ、足はぶらぶら・・・早く悪人を切っちゃって、終わってよ・・・などと思っているうちに
「ぼうず、がたがたうるさいぞ」と隣のおじさんに言われるし、なかなか切り合ってくれない、早く早く、ようやく悪者が切られ、お姫様が悪者から逃げられその人の胸の中に飛び込んで、富士山の頂上から終わりの字が現れ、終わった。

「おじさんこの席とっといてね。すみません、すみません」
真ん中に取るから出るのも一苦労、混んでいるということは便所も順番待ち。もう少し切り合いの場面が続いていたら、映画館でお漏らしするところだった。

「あれ、ぼくの席」
この時代、子どもだからと甘くない。
世の中の厳しさを知る。

ぼくはまたトイレのことを考え、席と席の間の通路に座って見ることにした。
「あら、席どうしたの」「チビだから、あの席より、ここの方が見やすいの」と負け惜しみを言った。

そうね。ここのほうがトイレに行きやすいね。
売り子のおばさんは、ぼくが前を押さえ必死にトイレに行く姿を見ていた。

今、あの時何を見たかは覚えていない。ただ・・・あの空間にいるということで、いっぱい遊んだ。
気に入っていたに違いない。
繁華街ではない町の映画館は厳しい時代に入った。

「あら、しばらく。あんたが今日初めてお金で入るお客さんだよ」と売り子ができなくなったおばさんが券を売りながら言った。
「見てよ。招待券ばかり。これじゃお給料もらいづらいよ」とおばさんが言った。

席は貸し切り状態。足を前の席に乗せている人。映画よりデートしているカップル。
ぼくは初めて一人で取った席に座った。

アカデミー劇場のオーナーはアカデミー賞作品の上映館として始めようとしたが、何を上映してもお客が入る時代。安い映画の上映をし、アカデミー賞の映画は一度も上映されないまま閉館した。

その話を知る町内会の人々の好意で、閉館してから、一日一回だけアカデミー賞作品を上映することになった。
久しぶりに招待券の人々で館内はあふれた。それも知る人ばかり。「あら元気。これ食べてばあちゃん生きていたんだ」お祭りだった。もぎりのおばさんも売り子のおばさんも楽しんだ。

「あ、あんたー」
券のもぎりおばさんは、今度は景品交換のおばさんになっていた。
「よく働くね」「人生1回だけだからね。あんた映画好きだったね。これあげる」・・・映画の券だった。それも株主の優待券。

「あ、あんたー」
あ、おばさん。映画館の売店から駅の売店に転職。私、今忙しいから、これあげる。
このおばさんも株主優待券かよ。

一生懸命、汗を流して働いている人は違うね。
大きい家を建てるし、映画会社の大株主。

やっぱりなが〜〜〜く、一生懸命に働くこと。久しぶりになつかしい再会をして思い知らされた。

もう一回だけ挑戦してみようかという気持ちにしてくれた日。

Copyright MASASHI TAKAGI
ビタミンYOU 高木政史個展「昭和のビタミンアルバム」開催中
これまでの作品
おじいちゃん、炬燵にはいりなよ
足踏みミシン
ゼンマイ仕掛けの柱時計
すみません。おじいちゃん、おばあちゃん
魔法のやかん
いまだかって百まであんなに早く数えたことはない
2ヶ所の雪だるまの運命
地盤沈下か河童のいたずらか