記憶をたどると、心地よい切なさが追いかけてきます。
たまには、心のアルバムを深呼吸させてみるのもいいものです。
今とは、ちょっと違ったしあわせな時間を散歩してみませんか。
ぬくもりアーティスト高木政史さんによるなつかしい風景をお楽しみください。
〈上天丼にはえび3本〉
「おねえちゃん、今日も電車見に行こうか」
「うん、行こう」
原宿には二つの原宿駅がある。一般用ともうひとつ皇室専用原宿駅で、その二つの駅の真ん中あたりで子どもでもよ〜く電車の走っているのが見れた。

代々木駅から走ってくる電車は、原宿駅近くで線路が急に曲がっているため突然現れてくる。

あっ、おねえちゃん、山手線だよ。わー汽車だー。

今、埼京線が走っている線路は貨物専用線路だった。そこに真っ黒い汽車が出現。白い煙をモクモク。
遠くから来たと分かるのは屋根には白い雪。暖かくなったのか、カーブのせいか、ぼくらの目の前で雪がドサーと落ちた。線路工夫さんたちが休憩している前に落ちた。

「お兄さーん、雪持ってきてー」とぼくは頼んだ。
一人の若いお兄さんが両手に雪を取って来てくれた。
「この雪は青森から来たんだよ」「えー、青森から・・・」

ナマリからか、おねえちゃんが、青森出身と分かったお兄ちゃんは、青森と青森で意気投合。後はぼくには何も分からない話が続いた。「ありがとう」「またね」この別れのあいさつだけ、ぼくは分かった。おねえちゃんの顔は真っ赤か、顔を雪で冷やした。そしてお兄ちゃんが見えなくなると「ラッセラ、ラッセラ」と跳ねて帰った。その後、ふたりは交際を始めた。
「監督、ぼくたちに勝つ空地チームはもうこのへんにはいないから、つまんないよ。どこかに強いチームいないかな・・・」「監督、ノックしてください」と口々に言った「自分たちでやれ」監督はミカン箱に座って英語の本ばかり読んでいる。大声出すと、近所迷惑だから静かに練習しろと言うおもしろい監督。

ぼくたちが勝ち続けられる理由は監督がいいのではなく、何でも一番でピッチャーで四番がいるから、相手はいつも0点、四番のホームラン一本で勝つパターン。

「じゃ、おまえたちもう二度と野球をしたくなくなるチームとやるか。四番がホームランを打ち込む家、
アメリカンスクールの教師の家で俺の英語の先生だ。頼んでみるけどいいか」
大リーグジュニアと野球・・・。みんな大喜び。

チビ、ピッチャー、神主バッターと監督が言った、チビ投げました。球が消えた。魔球か、球は後ろに落ちていた。
「神主、お祓いの練習じゃねえぞ。球飛んできたか。何でも振るんじゃねえ。お前は足が速いんだから、振らずに立ってろ」「はい」

すぐに話がつき、ワシントンハイツの中で野球ができることになった。お前ら硬球だぞ、俺たちB29と竹槍で戦った子孫だ。

「みんないいなー」「オー」と四番が言った。

「監督大変です。チビの家が赤痢で隔離です。8人になっちゃいました」

「誰かもう一人いないか」

「私、野球の選手になるのが夢だったんだ」と言ったおねえちゃんの言葉を思い出し、ぼくは「おねえちゃん」と言うと、みんな「女かよー」と言った。

「お前ら、女、男で差別するな」と初めて強い口調で言った。
「ただ子守りは、年中無休だな、俺が頼んでみる」監督が試合中は子守りをすることで、おねえちゃんの出場が決まった。空き地近くの明治通りにカーキー色のスクールバスが迎えに来てくれた。

「バスの中から、ようこそ、どうぞ」とよく見かける外国人。子どもをおぶっている監督から乗った。みんなアメリカのバスに乗ってはしゃぐと思っていたが。緊張から静かなまま、バスは表参道の坂を上り、MPが立つゲートにスクールバスはフリーパス。着いたところで、また静かにどこまでも緑の芝生、みんな布団に寝るように寝て芝の感触を楽しんだ。

それもつかの間、相手チームを見るだけで、もう負けたと分かった。うちのチームは普段着、下駄数人。相手は全員ヘルメット、野球衣装にスパイク。そしてバットをブンブン振っていた。

みんな「ハロー」「サンキュー」と試合前にあいさつして、握手。ぼくたちは後攻だった。

何でも一番の四番が投げればすぐにスリーアウトか、カーン、カーン。

想像もつかない所まで、みんな打ち、外野は走りっぱなし。1点、また1点追加・・・。

監督、あまりの力の差に「おしめタイム」と言った。おねえちゃんがおしめを取り替えている間、監督は「四番どうした」と言った。

こんなの初めて・・・。何がなんだか、ストライクの投げすぎだ。「ボールを投げろ」と監督らしいことを言った。

監督の話を聞いている間も全員ぜいぜい・・・。神主もうはらへって走れませんと、前々日、1点取れたら俺のおごりで全員に天丼だと監督、前日町会長が来て1点取れたら、町会費から上天丼、えび3本と言ってくれたのを思い出すしかなかった。

監督の読みどおり、大振りになっているから三振、2つツウーストライク、ぼくはキャッチャー、ファールチップが股間にピョンピョン跳ねていると、おねえちゃんは「ねぶた踊りをしているの」と変なことを言った。ようやくチェンジしたときは、10点取られていた。監督は相手の監督のところに話に行った。この回で終わりにしてもらった。

すでにツウーアウト「みんな町会長の言葉を思い出せ」「はい」
神主我慢をして、フォアボール。続くぼくはデッドボールで、1、2塁。おねえちゃんが女だとなめたか・・・。ピッチャーゴロ、エラーで満塁。「四番ちょっと!」監督が呼んだ。あとで聞いた話だが、四番に球に当たってくれと頼んだらしい・・・。四番自ら球にぶつかってくれた。神主、ホームスチールのようにホームイン。1点取れた。上天丼、上天丼、えび3本・・・。相手の選手たちはぼくたちの喜ぶ姿に不思議がっていた。
「サンキュー」握手で試合は終わった。

試合中、みんなもっとも気になっていたのが、赤と白のチェックのテーブルクロスがひいてある上のレモネード、オレンジジュース、サンドイッチ、クッキー、キャンデーなどなどだった。

「プリーズ」という相手の監督の言葉に、みんな美空ひばりさんの歌の歌詞のように、右のポッケにチューインガム、クッキー、キャンデー、チョコレートなどなど、左のポッケにゃチョコレート、クッキー、キャンデー、チューインガムを詰めるだけ詰め、弟に、妹に、チビに・・・と言い、それからゆっくり口いっぱいに詰めて食べた。帰りはポケットいっぱいのお菓子が重かったのと、みんな吐きそうな顔をしていた。

夕食時、そば屋さんで上天丼会が開かれた。この席に町会長が来て、みんなご苦労様と言ってくれた。「上天丼、上天丼、えび3本、えび3本」と言って食べた。

この年、アメリカンスクールの生徒たちに「上天丼、えび3本」という言葉が流行ったと監督が教えてくれたが、誰も信用しなかった。

翌日空き地にみんな揃った。監督の言ったとおり、もう野球をする気になれなかった。
四番は野球を諦めた。これからは勉強すると言った。
「あいつらに勝つには英語の勉強からだなぁ」
実行したのは四番だけだった。



おねえちゃんは、町工場倒産とお母さんの病気のため田舎に帰った。そして東京で知り合いになった国鉄マンと結婚。今、きっと家族で「ラッセラ、ラッセラ」とねぶたで跳ねているに違いない。

監督は、英語力を生かしてアメリカで振り付けを勉強し、振付師として活躍している・・・。
Copyright MASASHI TAKAGI
ビタミンYOU 高木政史個展「昭和のビタミンアルバム」開催中
これまでの作品
おじいちゃん、炬燵にはいりなよ
足踏みミシン
ゼンマイ仕掛けの柱時計
すみません。おじいちゃん、おばあちゃん
魔法のやかん
いまだかって百まであんなに早く数えたことはない
2ヶ所の雪だるまの運命
地盤沈下か河童のいたずらか
1回だけ