記憶をたどると、心地よい切なさが追いかけてきます。
たまには、心のアルバムを深呼吸させてみるのもいいものです。
今とは、ちょっと違ったしあわせな時間を散歩してみませんか。
ぬくもりアーティスト高木政史さんによるなつかしい風景をお楽しみください。
〈半蔵門外の変かなぁ〉
お正月あげようと思って買った奴凧。風邪をひいてあげることができなく、家の飾りになっていた。

「よっ、凧あげか、今日は風が強いから気をつけてあげろ、もし電線に引っかかったら、俺のところに来い」と言ってくれたおそば屋さんのお兄さんは、消防団員の一人。
お兄さんの自慢はいろいろな家に出前に行くのでその家の事情がよーく分かる。でも決して人には話さない。
でも子どもには、「俺は大奥へも出入自由だぞっ」と小さい声で話す。

ただ、町内にいつも出前に行くが、その出前先の人の顔を一度も見たことがないという不思議な家があるらしい。

空き地でちょっと走って凧をあげると、いい風のせいか凧はぐんぐん青い空にあがっていった。凧糸いっぱいまで上がったとき、凧の動きを楽しもうとちょっと強く引っぱった。あー、糸が切れて奴さ〜んどこ行くの・・・きりもみして消えてしまった。諦めた。

家の近くに来たとき、あー、お妾さんの家と言われている家の桐の木の枝に奴凧は隠れるように引っかかっていた。
う〜〜ん、どうしよう・・・。勝手口の戸を叩いた。

「あら、ごめんなさい。牛乳屋さん集金ね」
「違います。あのう・・・庭の木にかかったぼくの凧を取らせてもらえませんか」

「あら、そう。ただおばさんは、高いところは苦手だから自分で取るのならどうぞ、大丈夫?気をつけてよー」
「ぼくは木登りは得意だから」
「あら、奴凧懐かしい」

「今、お茶入れてあげるからね」縁側に座っていた。「はい、どうぞ」おばさんは働くお母さんとは違い、指も手もきれいでいい匂いがした。
「そしておばさんは話し好きだった。
「ここだけよ、私にはあなたと同じくらいの子どもがいるの。私、こんな生活しているから、田舎の親に育ててもらっているの。たまに来るから来たら遊んでね。ただ、いろいろ事情があって、勝手口の牛乳箱あるでしょ。牛乳瓶の中に牛乳が入っているときは、おばさん忙しいからね」

牛乳瓶の中が入っていない時はいつでも来てね
また一人友達ができたと思った。

あ、今日、空瓶だ・・・。

「ねえねえ、ここの原宿の家は昔、服部半蔵のお屋敷があったところの一部らしいの。江戸城で何かあったときは、服部半蔵はここからとんで行ったんだって。そういうことは、この小さな庭にもしかして、大判、小判が埋まっているのかもね。でも私じゃ、穴掘り無理なの」
「じゃあ、今度来るときはスコップ持ってくるね」

あ、今日も空瓶だ・・・。
「ねえねえ掘れるの。桐の木の下を掘ってみていい」
「そこには根がいっぱいあるから止めた方がいいわよ。庭の真ん中を掘ったら〜」言われるとおり掘り始めた。
ガツン。「おばさーん、何かに当たったよ。もしかして宝、いや不発弾かもしれないから、ゆっくり掘ってね」
「な〜〜んだ古い土管だ。やっぱり宝なんか噂ね。そのままでいいわ、ゴミでも捨てるから、お茶にしましょう」

「あっ、そうだわ。私の宝を埋めましょう」
おばさんは、大きな壺と小さな壺を持ってきて、その中にノート数冊入れて「もしも私に何かあったときは娘に、この宝のこと教えてね」と言って、宝物を埋めた。

あっ、今日は牛乳瓶に牛乳が入っている・・・。お兄さん出前に来たんだ。食べた後の丼が勝手口に出ていた。

今日は大丈夫な日だ。「いらっしゃい。この子がいつも話している私の子ども。よろしくね」
おばさん同様、明るくきれいな子だった。すぐ友達になった。

おそば屋さんのお兄さんの話だと、この家の勝手口の前に運転手さん付きの高級車が横付けする。鳥打帽子を深く被った男の人が勝手口から急いで出入りする。その人をお兄さんは、『忍者』と呼び、誰一人じっくり顔を見たことがない。

あら、しばらく。おばさんが道にうち水をしていた。来ているわよ。きれいだったおばさんの目尻にちょっと小皺が目立つ歳になっていた。

「ねえ、お母さんには内緒よ。明日ここに来てくれない」
「いいけど。俺も話ししたいことがあるんだ」何かあったとき・・・と言われたことがず〜〜〜っと心に残っていた。

「ねえねえ、用ってな〜に」「実は私お母さんと一緒に暮らそうと思っているの。でもこの家の事情は分かっているでしょ。分かっている。どうしようか迷っているんだ。実は俺もおばさんに頼まれていることが・・・。何で穴掘っているのよ〜」

子どもの時と違って、穴を掘ることはなんのことはなかった。

「あっ、壺が出てきた。宝だよ。大金持ちになれるね」
ということは、あいつを追い出せるよ〜嬉しい。

「宝は宝物だけれど、この中に入っているのは、おばさんの宝、おばさんになにかあったら・・・と頼まれていたことが苦しくて、言っちゃった」

運良くきれいにノートは出てきた。日当たりいい縁側でノートを読み始めた。
そして初めて彼女の涙を見た。「俺、帰ろうか」「ここにいて、そしてこれ元に戻して・・・」
「私が読んだこと内緒にして」また内緒かよ・・・。
「戻して。ちょっと待っていて」と強い口調で言われてしまった。

「ありがとう。やっぱり母さんず〜〜っと私のことを考えていたんだ。
もう絶対泣かないよ」二人は埋め戻した土の上を何度も踏み固めた。

雨上がりの日だった。あっ、今日は牛乳が入っている。勝手口がちょっと開いていた。

家の中から大声がした。
「もう私がお母さんのことをみます。借りたものは私が一生かけても返します。もう二度とこの家には来ないでください」
すぐに高級車が横付けされた。逃げるように忍者は消えた。

ノートを読んだ後、大人になったと感じた。そのとおりの行動をしていた。
「聞こえちゃったわね」
「私のやったこと、変なことかなぁ・・・」と聞かれた。

「これからが大切じゃないの・・・」とだけ言った。おばさんは黙っていたらしい。
そして「長い間ありがとうございました」と言ったらしい。

もう牛乳箱の中を見なくても自由に会えるようになった。おばさん昼も夜も働いた。働くお母さんと同じ手になった。

勇気を振り絞り忍者を追い出した彼女は美容学校に入学した。やがて原宿の地を利用し美容院を開店。
おばさんも話し上手で当たりがよく、人気美容院の後押しになった。

おばさんの話だと「実はね。あの桐の木の下に、本当は金塊入りの壺を隠していたの。そのお金でこのお店を開店したのよ」嘘だか本当だか分からないが、そう話してくれた。

そして頑張り屋の彼女は今、美容学校まで作るほど活躍している。美容院開店前にノートは掘り出され、挫けそうになると読んでいると言っている。

そば屋さんのお兄さんは、大奥から女性を略奪結婚。店のなかだけお殿様になってふん反りかえっている。
そして最近殿は御乱心、自らの火遊びの火消しに躍起。

Copyright MASASHI TAKAGI
ビタミンYOU 高木政史個展「昭和のビタミンアルバム」開催中
これまでの作品
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足踏みミシン
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すみません。おじいちゃん、おばあちゃん
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